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4月, 2021の投稿を表示しています

「かたよらない心」

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 「かたよらない心 こだわらない心 とらわれない心                  高田好胤 」   奈良の薬師寺の管長だった高田好胤が 「般若心経(はんにゃしんぎょう)」の 空の思想を判りやすく砕いて述べた言葉 バランスがよく 執着せず 自由な心 その境地に至るのは 至難の業で あろうが 生きがいに通じることで 自分お好きなことを 楽しむこと シンプルに 自然体で しなやかに 生きること 薬師寺 金堂

「草いろいろ」

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草いろいろ おのおの花の 手柄かな            芭蕉  美濃で「更科紀行」に出立するに際し 門人たちに別れの謝辞として 詠んだ句で、留別吟というそうである 色々な草草つまり門人たちがいるが それぞれに立派な句を詠んで 花を咲かせてくれている ありがたいことだという句で 季語は草の花であるそうだ 説明がなければ 単なる草花の句としか思えない ありきたりの言葉を使っているが こうした組み合わせは なかなかできない

「慥かな眼」

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「美」ということについて、これほど直截に、さわやかに語った人が他にあるだろうか。白洲さんの文章は、練達の剣士の剣舞を見ているような味があった。風に揺れる花のようだが、近寄ると切られるという気合がこもっていた。日本のすべての人に読んでいただきたい書物である。           河合隼雄 人間の「感受性」というものは、普通は年齢を重ねるとともに弱まってくるものと考えられています。「感受性」と「慥かな眼」の双方を死に至るまで維持することは至難の業でしょう。 しかし白洲正子で言えば、本物を見極める眼を磨きに磨いてきた結果、若い時とは比較できないような「慥かな眼」を持つようになったのだと思います。その「慥かな眼」と様々な経験の積み重ねで、白洲正子の感受性はなくなる直前迄とても豊かであったのではないかと思われます。  

「虹のような言葉の織物」

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  「さらに美しい虹のような言葉の織物を紡ぎだす」ために 人間は相手の在り方や対応の仕方によって、様々にその在り方や対応を変えるものだと思う。つまり相手をする人間の数だけ、その人は色々な顔を持っているし、色々な人間性を表面に表わすのではなかろうか。太鼓が打ち方によって様々に鳴るように、人間も相手のパーソナリティによって、様々な応え方、響き方をするように思うのである。それ故にこそ、今までの自分になかったような打ち方をしてくれる、人間的に魅力のある人との出会いを、人間という存在は待っているのかもしれない。その邂逅した相手によって、さらに美しい澄んだ響きを鳴らすために。少し気取っていえば、「さらに美しい虹のような言葉の織物を紡ぎだす」ために。 幻の「辻が花」

「美の特徴の四原則」

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  「美の特徴の四原則」 1 )自分を越えたものであること、憧れ、 2 )初めて見たという驚き、意外性   3 )生命力を与える、生きていて良かったと思う感動   4 )他人にその感動を伝えたくなる             ギリシャ叙事詩『オデッセイア』より この『オデッセイア』の 「美の特徴の四原則」は 千住博の『ルノワールは無邪気に微笑む』 という本に 出ていました。 美と憧れと生命力と感動のつながりの、 良く判る言葉です メトロポリタン美術館のモネの『睡蓮』

「与謝 蕪村」

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  蕪村名句 「春風や 堤長うして 家遠し」 「春雨や 小磯の小貝 濡るるほど」 「ゆく春や おもたき琵琶の 抱きごころ」 「老いが恋 忘れんとすれば 時雨かな」 「うずみ火や わが隠れ家も 雪の中」 「白梅に 明くる夜ばかりに なりにけり」 蕪村関連お薦め本 森本哲郎 「月は東に-蕪村の夢 漱石の幻」 新潮文庫 芳賀 徹 「与謝蕪村の小さな世界」 中公文庫 高橋庄次 「月に泣く蕪村」 春秋社 尾形仂校注 「蕪村俳句集」 岩波文庫

「恍惚と」

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  「恍惚と 萬燈照りあひ 瞬きあひ            橋本多佳子 」     この恍惚に浸っている俳句は、きらびやかに美しい 萬燈会は写真でしか見たことはないが お寺の境内に煌めく萬燈の美的恍惚が 宗教的な恍惚と重層化され 得も言えぬ法悦に浸っているのであろう そして作者は一人のみなのか それとも二人連れなのか 薬師寺の萬燈会

「存命の喜び」

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  「人、死を憎まば、生を愛すべし。存命の喜び、日々に楽しまざらんや」              吉田 兼好 『徒然草』 中野孝次がその著作『清貧の思想』で、 この兼好の言葉を挙げている。 まさにその通りであるが、まだ社会で現役の頃には、 我々凡人は、健康に今生きてあることの喜びなどは 思わずに、 ただ日常的な卑近な事柄に振り回されて 齷齪してきた。 そして今毎日が日曜日の日々に在って、 果たして「存命の喜び、日々に楽しまざらんや」 を成し得ているであろうか。 姫路 書写山圓教寺

「清澄な魂」

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「男の魅力として最も大切なものは、    清澄さ( SERENO )である」             塩野 七生 人生の素晴らしさと美しさと醍醐味を 思う存分に味わうこと そして物事を心で識ること そのためには感性を研ぎ澄ませて 新たなる眼(まなこ)と新しき存在感を 手に入れなければならない 地球という美しい星に生まれて 今はたとえコロナ禍に苦しんでいても 共に生きる大切な人たちと一緒に ゲーテの言うように生き生きと そして塩野七生の言葉の如く 清澄な魂を育みながら 生きていきたいものだ ルーブル美術館 い

「美と真と善」

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「美は真を貫く、善も貫くかもしれない」             小林 秀雄 人生における探求は,真・善・美であると言われる。 しかし小林秀雄は真と善の上に美を置いている。 何が真か、いずれが善かは、判然としないことが多い。 けれどもどちらの在り方や行為が美であるか否かは、 かなり判断しやすいものである。 美しく生きたいものであるが、これが至難の業である。 小林秀雄は、白洲正子の文学における師匠であった。 そして白洲正子の骨董の美における師匠である 青山二郎は次のように書いている。 「美とは魂の純度の探求である」。 小林秀雄と青山二郎 青山二郎

「時超えて」

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「時超えて 残るものもし ありとせば   紡ぎて光る ことば一片(ひとひら)」            尾崎左永子   時を超えて残る言葉とは 万葉集の中の万葉秀歌の如く 千年を超える時の経過を経ても 誦んずれば 金剛石の如ききらめきを放ち 魂に沁みこんでゆくような そんなひと片の言葉 ドレスデン

「以文会友」

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  「以文会友」という康成の雄渾な書があります 。 その原典は、下記の通りです。 「論語」の「顔淵」 「曾子曰、君子以文会友、以友輔仁」 (曾子曰く、  君子は文(ぶん)を以って友と会(かい)し、  友を以って仁(じん)を輔(たす)く) <訳>  曾子が言われた、   「君子は文事[詩書礼楽]によって友達を集め、  友達によって仁の徳[の成長]を助ける。」 写真は川端の母校・茨木高校にある自筆の額です。 川端の書は、中国の書家たちからも 高い評価を得ているそうです。

「メトロポリタン美術館」

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The Metropolitan Museum of Art 、通称 The Met は、世界最大級の美術館で、設立は一八七〇年である。設立の構想は、一八六四年、パリで七月四日のアメリカ独立記念日を祝うために集まった米国人たちの会合の席で、参加者の一人であるジョン・ジョンストンによって提案された。その時点で米国は、美術館はおろか一枚の絵さへ国もしくは地方自治体は所有していなかったのである。 その後は基金による購入やさまざまな階層からの寄贈により、現在では絵画・彫刻・写真・工芸品のほか家具・楽器・装飾品など三〇〇万点の美術品を所蔵しているという。ルーブル美術館と同じく、一日で館内を拝観して回ることは、困難である。 別館としては、アッパー・マンハッタンのハドソン川沿いにフランスやスペインの僧院を解体して造られた「クロイスターズ」があり、中世ヨーロッパ美術が展示されている。また元のホイットニー美術館の建物を借りて、二〇一六年三月よりもう一つの別館「メット・ブロイヤー」を開館しており、ピカソの作品などキュービズムを中心としたモダンアート・コンテンポラリーアートの展示も行っているようである。 二〇〇二年に家族四人で訪れた時に写したギュスターブ・モローの「オイディプスとスフィンクス」を下記に添付する。  

「なにがたのしいといって」

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  「なにがたのしいといって内なる自己を見詰めながら野を歩むことに優るものはない」           森本勇歌集 自己を見詰めるとは 自己と語り合うことであり 自己を内省し 自己を研鑽することである また野を歩むとは 自己の身体を 自然に開放することであり 自然と共生することであり 自然と同化し 一体化することである 「しかも風雅におけるもの、造化にしたがひて四時 を友とす。見る處花にあらずといふ事なし。おもふ所月にあらずといふ事なし」           芭蕉 『笈の小文』 広島 縮景園

「魂の火花」

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  「やさしい愛の表現とは、  小川のせせらぎ、  甘い会話、  詩、  バイオリンの音、  魂の火花ー」  三十歳のカレル・チャベックが 十二歳年下の女優で 十五年後に妻となるオルガに送った 手紙の一部です。 魂の火花という表現が素敵です。 カレル・チャベック「愛の手紙」の一節です。 *カレル・チャペックは第一次と第二次の世界大戦の間で チェコスロヴァキアで最も人気のあった国民的作家です。 ブルタヴァ川とプラハ城の夕景

「語るは難し」

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  「喋るは易く、語るは難し」      シェイクスピア 『真夏の夜の夢』 毎日我々はしゃべり続けているが 本当に語ってはいない しゃべることの内容は聞き流しても 構わないが 人が本当に語っているときは その言葉を真剣に聴かなければ ならない そして聴く人の心を動かすような 語りは為し難く 本当に語り合える友人は 得難いものである