「虹のような言葉の織物」

 「さらに美しい虹のような言葉の織物を紡ぎだす」ために

人間は相手の在り方や対応の仕方によって、様々にその在り方や対応を変えるものだと思う。つまり相手をする人間の数だけ、その人は色々な顔を持っているし、色々な人間性を表面に表わすのではなかろうか。太鼓が打ち方によって様々に鳴るように、人間も相手のパーソナリティによって、様々な応え方、響き方をするように思うのである。それ故にこそ、今までの自分になかったような打ち方をしてくれる、人間的に魅力のある人との出会いを、人間という存在は待っているのかもしれない。その邂逅した相手によって、さらに美しい澄んだ響きを鳴らすために。少し気取っていえば、「さらに美しい虹のような言葉の織物を紡ぎだす」ために。

幻の「辻が花」


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