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3月 10, 2021の投稿を表示しています

「キリストに倣いて」

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「自分に打ち克ち、日毎より強くなり、いくらでも特に進むことが出来ることが、私共の務めでなければならない。」 「すべての言葉や本能を軽々しく信ずるな。むしろ慎重に、気長に、神のみ旨に従って、事をはからねばならない。」 「自分を、自分以上のものに見せようとするな。」     トーマス・ア・ケンピス  『キリストに倣いて』 この本は、広島のN町教会のH神父さんより 二十歳の誕生日に頂いたものである。 時々好きなところを開けて、拾い読みをしてきた。 トーマスはドイツのケルン近郊のケンペン生まれで、 生年1379年、没年1471年である。  ア・ケンピスとは、ケンペン出身のという意味である。 ヴィンチ村のダ・ヴィンチと同じである。 『キリストに倣いて』(『イミタチオ・クリスティ』)は 黙想と祈りを通して神にいたる道を説く著作である。 トーマス・ア・ケンピス

「春の坂」

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春の坂のぼりて恋の願かけに      黛まどか 『京都の恋』 春の産寧坂を ひたすらに清水さんへと のぼる乙女 やっと本堂へ着き 本尊の十一面観世音に 手を合わす どうぞかなえておくれやす 思い人を目に浮かべ 音羽の山に願かける 舞台に出れば花盛り 京洛の町 一望に  

「ボストン美術館」

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『我々は何処から来たのか、  我々は何者か、   我々は何処へ行くのか』 一八九七—九八年    ボストン美術館の中では、ゴーギャンのタヒチでの絵画である『 D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ? 』が特に印象深い。横に長い大きな絵画であり、タヒチの風景の中にタヒチの女たちが大勢描かれていて、右端の幼児から左端の老婆まで、人の一生が描かれている。絵画の題名の方も、また長くて哲学的な名前であり、これを見た人は一生忘れないであろう絵画であると言える。  それ以外に衝撃を受けたのは、浮世絵のコレクションの多さであった。日本美術に造詣が深いアーネスト・フェロノサがボストン美術館の日本部(後に東洋部)の初代部長となったのは、日本政府の依頼を受けて、日本の美術品や秘仏を再発掘して帰国した後のことであった。奈良では、岡倉天心を従えて、法隆寺の秘仏・夢殿観音や聖林寺の秘仏・十一面観音菩薩の禁を解かせて、調査をしたことはよく知られている。フェノロサは廃れようとしていた日本美術や仏像を、再評価して保存を促してくれた日本文化保存の恩人であると言える。岡倉天心も後に同美術館の東洋部長となっている。