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薔薇

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「薔薇よ、純粋な矛盾  かくも夥しき瞳の中で  何者の眠りでもないという」       Rainer Maria Rilke   薔薇   その幾重もの花弁   美しく冴え渡るように   咲いているが 決して人を 寄せつけない 他者を惹きつけて おきながら 決して受容しない 孤高の美  

「白州正子の生き方」

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 「世間とか人の言葉というものに耳を貸さず、自分が一番いいと思ったことだけをする」 「白州正子は自らを西行たらん、と考えたのである」 「聖なるものの美と俗なるもののエネルギーの再発見。そしてそれをわが身にひきつけること。これが彼女の旅の姿であった」 「「かくれ里」と「西国巡礼」。それは、大きな意味での日本賛歌であり、同時に土地土地にゆかりのある人々への鎮魂の譜であった」 「正子は「西行」の中で「かたじけなさの涙こぼるる」相手が、なんであったかを問わなかったことが、いかにも西行らしいと書く。すなわちこの詠嘆の基にあるのは、仏教とか神道といった範疇を超えた宗教であり、信仰だったからだ。それを一言で表わすなら、日本人が富士山に対して抱く宗教的心情に代表されるもので、正子は富士は神が住む山ではなく、神そのものなのだと言い切っている」 「稚児の存在なくして、日本の中世文化は語れない」 「ノブレス・オブリージすなわち貴種は、それに応じた義務を背負うという発想は、終生変わらなかった」 「白州正子はつねにいわくいいがたいものを求めてきたからである」 「日本の美のはかなさ、その本質を「無内容」と断じてしまうのは、勇気の要ることであった」 「そしてこの無内容は、「空」に近い無内容だったのである」       馬場 啓一   「白州正子の生き方」       講談社   昭和の時代以降で 日本の美を真剣に求めたのは 文学で川端康成 随筆で白洲正子 日本画で東山魁夷 の三人であろうか その伝統を 受け継ぐ世代が 出てきてほしい ものである 武相荘 囲炉裏の居間  

「楽欲(げうよく)する所」

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  「楽欲(げうよく)する所、一つには名なり。名に二種あり。行跡(かうせき)と才芸との誉れなり。二つには色欲、三つには味ひなり。万(よろず)の願ひ、この三つには如かず」 兼好法師  『徒然草』 人間は、所詮強欲な生き物です。 名はひとまず置くとして、 食欲と色欲、 つまり美味しい食べ物と、 魅力的な異性 ということになります。 この二つとも、 本当に素晴らしかったと思ったら、 二度と味わってはいけないそうです。 なぜか。 それは夢が、必ず壊れるから。

  「日々新たに」

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 苟(まこと)に日に新たにせば、 日々に新た、 また日に新たならん。 君子の学びは、必ず日に新たなり。 日に新たなる者は、日に進むなり。 日に新たならざる者は、必ず日に退く。 未だ進まずして退かざる者はあらざるなり。 日に新たに、日々に新たなり。 日々是れ新たなり。 日に日に新たなり。      「大 学」(四書五経)   「落花流水」の理(ことわり)はわかっていても、 出会えた人と別れ別れになってゆくのは、 本当に寂しいものです。 そのことを思うと、本当に「一期一会」ですね。 毎日毎日の人との触れ合いを、 大切に味わないといけません。 中野孝次が書いています。 「毎日朝起きると、今日も新しい 1 ページだ」 と思うそうです。 とてもそこまでは行かなくとも、 「日々新たに、又新たに、さらに又新たななり」 の気持ちは、何時の世も大切なことでしょうね。 明日香 橘寺 天井画

「甘樫丘」

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「采女(うねめ)の袖吹きかへす明日香風  都を遠みいたずらに吹く                志貴皇子 」 采女乃 袖吹反 明日香風  京都乎遠見 無用尓布久    若いときに 会社の仲間と     明日香に出かけた    はじめて 甘樫丘に登った    そこには 飛鳥時代に    蘇我入鹿の 宮居があったという    その丘から 大阪の方を 望んで    作った 短歌       甘樫の 丘に登りて 難波見ゆ       我が思ふ人 ともにあらばや                冽 人 甘樫丘よりの展望    

「草原の輝き」

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 「草原の輝き」の中の、   心に残るワーズワースの詩。 Though nothing can bring    back the hour  Of splendor in the   grass Of glory in the flower We will grieve not. Rather find strength   in what remains behind. William Wordsworth (1770-1850) 草原の輝き  花の栄光 再びそれは還(かえ)らずとも なげくなかれ その奥に秘めたる力を見い出すべし 高瀬鎮夫訳 二十歳の頃に見た記憶に残る映画で、好きな女優だったナタリー・ウッド主演の映画が二本あります。 一つは言うまでもなく「ウェストサイド・ストーリー」で、レナード・バーンスタインの音楽、ジェローム・ロビンスの踊りに心躍らせました。後に社会人となって NY に暮らしたときは、ウェスト・サイドの治安の悪さに驚いたものでした。 もう一つは、名匠エリア・カザンの「草原の輝き」です。忘れ得ぬ映画の一つです。 オランダ キューケンホフ

「詩吟 富士山」

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      仙客来り遊ぶ 雲外の巓 神龍栖み老ゆ 洞中の淵 雪は紈素の如く 煙は柄の如し 白扇倒に懸かる 東海の天        「富士山」 石川 丈山         仙人の来りて遊ぶ        雲より突き出たる頂上       老いた龍神の住むという       山頂の洞窟の淵       白雪の色は絹の如く       たなびく煙は          扇の柄のようである  大きな白扇がさかしまに     東海の天に懸かっている     ふもと さへあつくぞありけるふじの山       みねにおもひのもゆる時には        「元良親王集」 神韻富岳 村上義則氏撮影